こどもの日の前日、懐かしラノベ愛好会さんのつぶやきに、 #小中高生にオススメの懐ラノ というのがありました。
この企画面白い!ということで便乗させてもらいます。こどもの日を前にして #小中高生にオススメの懐ラノ 教えてください! 懐かしのラノベの魅力を子どもたちに伝えたい。ラノベの定義は不問。単に自分が好きだったでなく、今の子どもたちに勧めるのがポイントです。よろしくお願いします。 #懐ラノ https://t.co/aSLF69S4aU
— 懐かしラノベ愛好会 (@naturanoclub) May 3, 2022
そこで、今の中高生におすすめしたいラノベをピックアップしてみました。なお、元のタグは「#小中高生にオススメの懐ラノ」ですが、小学生まで入れてしまうとちょっと広すぎると思うので、中高生におすすめしたいラノベにします。
今回選んだのはどれも単巻もので、気軽に読んでもらえると思います。最近のなろう小説やラブコメ物に飽きているかたに、いかがでしょうか。
桜坂 洋『All You Need Is Kill』
「#小中高生にオススメの懐ラノ」は「#小中高生にオススメのSF」というタグが元になっております。そのため、元タグに敬意を表して、まずはSF作品をオススメしたいと思いました。そこで真っ先に思い浮かんだのが、桜坂 洋の2004年の作品、『All You Need Is Kill』です。異星人との戦いが描かれる、タイムループ・ミリタリーSFです。
名作単巻ラノベとしても有名なこの作品、2014年にはトム・クルーズ主演で実写映画化もされています。それもハリウッド作品です。それだけでもうすごいのひと言。名作中の名作と言って良いのですが、今の中高生でどれくらいの人が手に取ったことがあるのかなと。
詳しくは以前ブログに書いているので、上記ブログで読んでいただければと思うのですが、これを今の中高生におすすめする理由についてです。
この作品を読んだ感想を上記のブログで、「ループする特殊な日常での青春成長小説であるということ。そして、ボーイ・ミーツ・ガールの物語ではないかと」、「これはSF風味のボーイ・ミーツ・ガールな青春成長小説であると。世界が侵略されていく中での、少年と少女の成長の物語」と書きました。
そして、失敗を繰り返す中で成長する姿からは、「遠回りしたっていいじゃないか」というメッセージが受け取れます。最近はとにかく、成功への近道を求める傾向があると思います。情報化社会ですのでゆっくりしていられない、若いうちから成功することがステータス、それはそれで良いのですが、そうでもない人生でも良いんだよと。
表面的にはタイムループもののミリタリーSFですが、ただのエンターテインメント作品ではなく、中高生に向けてのエールとも受け取れるのです。
この作品が出版されたのが2004年の暮れ。今の高校2年生以下にとっては、生まれる前の作品です。最近の異世界転生モノは、前世の知識や経験を持って異世界で無双するところに爽快感があって、受けているのではないかと思います。最近の作品とは違う、この作品の苦い結末をどう感じてもらえるのでしょうか。
桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
これはライトノベルという枠で収まる作品ではないと思うのですが、やはり取り上げずにはいられない作品です。初出は2004年の富士見ミステリー文庫。ひと言で内容をいうと、DVを扱った作品。
冒頭から少女のバラバラ遺体が発見されたという新聞記事の抜粋があり、物語ではなぜこの少女が死ななければならなかったのかが語られます。2人の女子中学生の切なくて悲しい物語なのですが、けっして読後感は悪くありません。詳しくは読んでくださいとだけ。
読んだあとにはみんなレビューで、「砂糖菓子の弾丸」というフレーズを使いたくなってしまうくらい、タイトルが秀逸です。この本は中学生くらいの女子に読んでもらいたいです。この描かれる繊細な感情は、女子なら中学生くらいで理解できるはず。男子が読むなら高校生くらいになってからがオススメです。
飛火野 耀『イース 失われた王国』
こちらは今の中高生にとってはかなり昔、1988年の作品。当時大人気だったファンタジーRPG「イース」を題材にした小説です。ゲームのノベライズではなくて、著者曰くゲームにインスピレーションを得て構想されたもの。ゲームとは全く関係なくて、ゲームの熱心なファンからは黒歴史呼ばわりされている作品です。
で、なぜこれを薦めるかというと、ゲームを離れたところで読むと「ファンタジー小説の形を借りた、悩みや葛藤を描く青春小説」として面白いからです。
ストーリーとしては6冊の本を集め、”魔”をよみがえらた魔術師を倒すという、ゲーム的なもの。この6冊の本を守る中ボスとの対決が、普通ならアクション満載で描かれそうなものですが、序盤は頭脳戦。剣とか魔法とかではなくて、だましたりアイテムを利用して倒します。ゲーム的な爽快感はありません。
そして中盤からは神経戦というか、心理攻撃。さらに途中に嫉妬にとらわれ、挙げ句の果てに魔女の誘惑に引っかかってしまい、2日間ほど愛と快楽の行為に没入、あげくに背中を刺されるという展開。このくだりが苦いですが、良いのです。そして最後は”魔”と対峙するのですが、その姿が黄金のライオンにまたがった赤ん坊!
読み終えた後はゲームをクリアした時のような爽快感はありませんが、主人公の成長を感じることが出来ます。
榊一郎『ドラゴンズ・ウィル』
こちらは1998年の作品。ドラゴンの出てくる剣と魔法ファンタジーものですが、バトルモノではなく主人公とドラゴンの交流を描くハートフルな物語です。異種族間の交流というか、恋愛ものといって良いのかもしれません。
この物語はことごとく、「剣と魔法のファンタジー」のイメージを裏切ってくれます。ドラゴンのスピノザは菜食主義で平和主義者、主人公エチカは選ばれし勇者では無くその代理人。選ばれし者であるエチカの兄は、ドラゴン退治には全くの無関心といった具合。
英雄。魔竜。仕組まれた物語。押しつけられる価値観。
それを崩したかった。だれも自分の価値を認めてくれないのなら、価値観そのものを破壊してしまいたかった。世界をこの手につかんで運命という名の不平等をぶち壊してやりたかった。(後略)
(文庫版 261-262pより)
途中、世界を揺るがす皇帝マキャベランの行動原理として、こんな風に書かれています。価値観の破壊というのが、重要なテーマです。
エチカとスピノザの交流を描くハートフルな物語ではありますが、与えられた価値観をぶち壊すべくあがく人たちの物語でもあります。80年代後半から始まったファンタジーブームも90年代後半には失速していました。そんな中で登場したこの作品は、ファンタジーのお約束をぶち破るような作品です。「ドラゴンの登場するファンタジー小説でしょ」なんて軽い気持ちで読むと、その内容の深さに良い意味で思いっきり裏切られます。
最近のなろう小説はテンプレに乗っかった作品が多いようですが、いずれこのような価値観を壊そうとする作品が登場するはずです。
あかつき ゆきや『クリスタル・コミュニケーション―あなたの神様はいますか』
最後に紹介するのは、ちょっと変化球というか、マイナーな作品かもしれません。2003年の作品。
ヒロインは人の心を知ることが出来るテレパス(テレパシー能力を持った人のこと)で、その能力を隠し生きています。ある日主人公の男の子に声をかけ、つきあいが始まるが……
最近はとにかく、空気を読まないといけない、読めないやつはKY呼ばわりです(もうKYも使わないかな)。それでは他者の心がわかるとすればどうでしょう。この物語では他者の心がわかることで苦悩するヒロインが描かれています。
まわりの人の心がとめどなく聞こえてくることを、彼女はこう表します。
「私に言わせると、人々は皆、胸にラジカセを埋めこんでいるようなものなのです」
「ラジカセぇ?」
「はい、心のラジカセです。それらは常に本音を流しています。ラジカセの音量には個人差がありますが、基本的に感情が高ぶった状態の人だとボリュームが大きいですね。私には、その特別なラジカセの音声をキャッチする受信機があるのです」
ークリスタル・コミュニケーション 51Pより
常に他人のむき出しの感情が聞こえてくるのは、辛いことでしょう。テレパスの悲哀ということでいうと、筒井康隆の「家族八景」がありますが、あれに比べるとこちらはソフトです。中学生にはこちらを勧めて、高校生には「家族八景」かなとも思います。
70~80年代のジュブナイルSFにおいて、超能力者はスーパーヒーローのように描かれていました。また、TVアニメ「機動戦士ガンダム」では、言葉がなくてもわかり合えるというニュータイプを、人類の革新として描いていました。
はたして人の心がわかることが、良いことなのか?
この作品はそういうことを問いかけてくる、ジュブナイルの良作です。
まとめ
以上、おすすめする5作品の紹介でした。あらためて見ると、爽快感のない作品ばかりのような気もします。
最近はバッドエンドの作品は嫌われるらしいと聞きました。なんで物語なのに悲しい結末のものを読まなければいけないんだ、なんていう人もいるらしい。でも、楽しいだけが小説ではないはずです。
異世界に転生して無双とか、悪役令嬢に転生してざまぁとか、そんな爽快感あふれる小説は現在たくさんあると思うので、あえて読んだあとに苦味を感じる作品を選んでみました。
『イース 失われた王国』が1988年、『ドラゴンズ・ウィル』が1998年、『クリスタル・コミュニケーション』が2003年、『All You Need Is Kill』と『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が2004年。私がこれらの本を読んだのは、2020年以降で50歳を過ぎてから。
自身が中高生のとき読んで面白かったからオススメしてるわけではない、ということを知っておいてください。今の中高生が読んでも違和感のないもの、文化的にわかるものを選んだつもりです。
なろう小説に飽きた人、ちょっと手に取ってみませんか。