さて、今回も名作単巻ラノベを読むです。今回とりあげるのは2004年に発表、2014年にはハリウッドで映画化された、SFラノベ屈指の名作「All You Need Is Kill」です。
All You Need Is Kill
著者:桜坂洋
イラスト:安倍吉俊
文庫:スーパーダッシュ文庫
出版社:集英社
発売日:2004/12/18
「出撃なんて、実力試験みたいなもんじゃない?」敵弾が体を貫いた瞬間、キリヤ・ケイジは出撃前日に戻っていた。トーキョーのはるか南方、コトイウシと呼ばれる島の激戦区。寄せ集め部隊は敗北必至の激戦を繰り返す。出撃。戦死。出撃。戦死―死すら日常になる毎日。ループが百五十八回を数えたとき、煙たなびく戦場でケイジはひとりの女性と再会する…。期待の新鋭が放つ、切なく不思議なSFアクション。はたして、絶望的な戦況を覆し、まだ見ぬ明日へ脱出することはできるのか。
読んだ感想
冒頭にも書いたように、トムクルーズ主演でハリウッドで映画化され、名作単巻ラノベとしては必ず名前の挙がる作品です。すでに語り尽くされている感のある、この名作をいかに語ろうかとブログを書く手が何度も止まってしまいました。いつもは未読の方がいることを意識して書いているのですが、今回はネタバレを含めて書くことに決めました。それでないと、この作品を語ることができないと感じたのです。
読んだことの無いための方へのブログでは無く、読み終えた人に共感してもらえるのかと思いつつ、書き進めていきます。
まずこのタイトル「All You Need Is Kill 」。すごいですね。ビートルズの「all you need is love」の邦題が「愛こそはすべて」ならば、「殺すことはすべて」といったところでしょうか。対異星人なので、それほど残酷な感じはありませんが、「全員、殺っちまえ」とも受け取れます。
内容はいわゆるタイムループもののミリタリーSFです。読み始めると、死んだらまた最初からやり直し、何度も死にながらアイテムの場所や敵の登場するタイミングを覚え、うまくなってクリアするという、ゲームの体験を小説に落とし込んだように感じます。ループの1回目なんかは、スーパーマリオで歩き初めてすぐにクリボーにあたって死亡、なんてことを思い浮かべます。このブロックを叩くとアイテムが出るとか、土管に入れば近道だとか、コンティニューを繰り返しながら経験を積んでいく、そんなゲーム体験が小説のきっかけでは無いかと。
あまりにもあからさまなので、これは「ゲームのキャラクターが自意識を持った」とか「描かれているのが実はゲームの中の世界でした」的なオチをむかえるのかと思いました。
ただ、これには良い意味で裏切られました。そんな安易な発想では書かれていません。繰り返すループの中で感覚を研ぎ澄まし、敵と戦う能力を上げていき、最後はループから抜け出す。このループを抜け出す方法が、最後に意外な結末を呼びます。メタ的な方向に走らず、しっかりと物語は描かれていました。
読み終えて、まず面白い。名作と呼ばれることはあるなと。繰り返す日常の中で、主人公キリヤの孤独が良く描かれていますし、キーとなるヒロイン リタのキャラクターも面白い。本の帯にはSFの大家 神林長平による「必携の武器は三つ、愛と勇気と戦闘斧。高度な技術を桜坂洋が披露する。ハッピーなのにほろ苦い、ラストの味は、見事だ」とあるように、物語の最後はほろ苦い。ハッピーとは書いてありますが、それほどハッピーでは無い終わりです。それでも、余韻を残しつつ良い終わりではないかと。
しかし、読み終えてすぐの高揚が過ぎたときに、なんとなくモヤモヤした感情が生まれてきた。キリヤとリタの物語としては、確かに面白い。しかし、2人以外のキャラクターがテンプレ的だし、SF作品としては、敵の正体やループからの脱出方法の発見が簡単に語られすぎでは無いか。そんな風に思いました。
改めて確認すると、2人以外のキャラクターは、軽口を叩く同僚(ヨナバル)、尊敬できる上司(フェレウ)、眼鏡で三つ編みな天才技術者(シャスタ)、食堂で働く美人栄養士(レイチェル)の4人。これ以外にも少し関わりのある人はいますが、大きく関わるのはこの4人です。ヨナバルもフェレウも、軍隊ものではよく見かけるようなキャラクターですし、シャスタやレイチェルなどはいかにもラノベのキャラクーといったところ。約2日間でループが発生するので、人物像を深く描きにくいのはわかります。逆に細かい描写が無くても、読み手側が想像しやすいようにしているとも受け取れるのですが、それにしてもテンプレ的なキャラクター達です。
また、敵の正体やループからの脱出方法については、キリヤが探し求めてたどり着くということもなく、物語としての醍醐味を放棄しているようにも受け取れます。敵の正体に関しては、唯一3人称で語られる第3章であっさりと明かされ、ループからの脱出方法についても、すでにリタが211回のループの中で気づいたこととして、こちらもあっさりと明かされます。
ちなみにギタイと呼ばれる敵の描写や地球を侵略していく様子は、既視感がありました。読了後にWikipediaを読んでみると、着想が2000年のテレビゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のプレイ日記を読んだ経験からとあり納得しました。ゲーム自体は経験ありませんが、そのノベル版、榊涼介の「ガンパレードマーチ」シリーズが好きで、20巻くらいまで熱心に読んでいました。この「ガンパレードマーチ」にでてくる幻獣に似ていた訳で、既視感があったのです。これはもちろんパクりではありませんが、敵設定のオリジナリティという面では弱いです。
内容としてはタイムループもののミリタリーSFなのですが、面白いと感じたところはSF的な部分では無い。これが読み終えた後の、モヤモヤした感情ではないかと思うようになりました。
面白いと思ったのは、繰り返す日常の中での成長。159回のループについて、最初の5回を除いてはそれほど詳しくは書かれていませんが、想像する楽しみを残しつつ、徐々に戦闘能力を高めていく様子が描かれています。また、リタとの出会いは、ループの中で何度も形を変えて描かれ、それがいかに重要かがわかります。そして、最終章で描かれるリタとの共闘と別れ。面白いと思ったことを抽出していくと見えてくるのは、ループする特殊な日常での青春成長小説であるということ。そして、ボーイ・ミーツ・ガールの物語ではないかと。
ここからが重要なネタバレを書きます。
ループからの脱出方法を試みるも成功せず、真の脱出方法としてキリヤとリタの戦いになります。迫られるのが殺すか殺されるか。これの答えこそが、本書のタイトルでもあります。そして、このリタ殺しは通過儀礼としての親殺しのようにも受け取れます。一人前になるための最後の作業。それもタイトル通りと受け取るのは考えすぎでしょうか。この戦いの前に、2人はひと晩をともに過ごしています。さらっと書かれていますが、失恋をきっかけに入隊したキリヤにとって、これも大人への一歩を示唆しているようにも思えるのです。
読み終えてから、他者のレビューなどを読みつつ、頭の中を整理しました。そして、たどり着いたのは、これはSF風味のボーイ・ミーツ・ガールな青春成長小説であると。世界が侵略されていく中での、少年と少女の成長の物語です。少年の成長を描ききった後の世界がどうなっていくかなんて、それほど重要ではありません。よって続刊の必要はありませんし、もしあれば蛇足でしか無いと思います。
著者があとがきで述べているのは、「(ゲームをクリアできたのは)努力したからなんです。勇者なんて言葉でかたづけないでください」。また、映画公開時のインタビューでは”テーマというのは、先ほどおっしゃっていた「失敗も含めて人生なんだ」という”の問いに、「(間違えたり、失敗したりは)長い目で見たら、それも自分の人生なんだから肯定的に考えようみたいなこと」と答えています。
著者のこの言葉を読むと、この作品は読者である中高生へのエールに聞こえます。これぞまさしくライトノベルであり、正しきジュブナイルの姿なのでは無いかと思ったのでした。
映画 オール・ユー・ニード・イズ・キル
2004年に発表された小説ですが、2014年トムクルーズ主演映画として公開されました。原題は「Edge of Tomorrow」で、日本語タイトルはカタカナ表記の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」です。
ライトノベルがアニメ化もされずに一足飛びに映画化される、しかもハリウッドで、しかもトムクルーズ主演で。その決定は2009年頃で、2010年頃には映画化決定の話題がラノベ好きの間では、話題となっていました。これはラノベに限らず、日本のSFを含めても快挙としか言い様がありません。ラノベ界においては、その内容が世界にも通ずるという、ジャンルとしての可能性と自信を与えたと思います。そういう意味で「All You Need Is Kill」は名作であり、ラノベ界において重要な位置に存在するものであると思います。
公開された映画を見ると、結末など原作とかなり違っていましたが、ハリウッドらしい映画になっていたように思います。やはりエンターテインメントとしては、原作の終わり方は許されなかったということでしょう。原作を読んで興味を持った方は、1度みてみるのも良いと思います。原作とは内容は違いますが、決して駄作ではありません。
この映画化により、映画公開時に著者桜坂洋へのインタビュー記事がたくさん書かれています。原作小説の成り立ちやテーマについても語られているので、原作を読み終えた方はこれらを読むとさらに物語への理解が深まると思います。
映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」特集、原作者・桜坂洋が発想の源泉と映像化への期待を語る (コミックナタリー)
ハリウッドで映画化された作家・桜坂洋に直撃!貴重な経験で得たものとは (シネマトゥデイ 2014.7.6)
トム・クルーズ主演で大ヒット、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』原作は日本のラノベ!で作者に秘話を直撃インタビュー (週プレNEWS 2014.7.11)
オール・ユー・ニード・イズ・キル:原作・桜坂洋さんに聞く「人生の紆余曲折をループにした」 (MANTAN WEB 2014.7.14)
映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」 ハリウッド大作の原作者となった桜坂洋さんが語る (アニメアニメ! 2014.7.16)
映画公開時のインタビュー記事なので、映画化についてや役者について等の質問が多いですが、原作について言及されているものもあり、興味深い記事になっているものもあります。インタビュアーが原作を読んでいるかどうかが、記事を読むとよくわかります(笑)。オススメはコミックナタリーの記事です。
なお、小畑健によりマンガ化(全2巻)もされています。こちらは原作とほぼ同じ内容です。
読書メーターのレビューを読んで
今回この記事を書くにあたり、amazonや読書メーターのレビューを全部読みました。読書メーターのレビューは1470もあり、すべて読むのに半日費やしてしまいました。
自身の感想を整理するために、他者の感想を読みながら、同意した部分や反論したい部分をあぶり出し、頭の中を整理したのです。その中でちょっと気になった部分で、感想としては流れに乗らなかったので、書かなかった部分をここに書いておきます。
文章について
読書メーターのレビューを見るに、文章についてアレコレと書かれています。酷いものだと、そこまで言えるあなたは芥川賞作家ですか?といいたくなるようなものもありました。普段、どういった本を読んでいるかで文章の捉え方は変わってくるので、こういったレビューにある文章に対する巧拙については、アテにならないと思います。むしろ、読むと非常に腹の立つ書き方をする人が多いものです。
私の文章に対する感想としては、普段ライトノベルを読んでいる人間からすると、文章はちょっと固く感じられました。出だし部分は内容自体がアメリカ映画の軍隊モノのようだし、文体もどこか翻訳物のように感じられ、なかなか入り込めません。ただ、読み進めていくとライトノベルらしい、会話文で進むようになり、世界観にも慣れてきてそれほど読みづらさはないと思います。
SFについて
作品がSFかどうか。これの判断も人により180度変わってくるものです。レビューを読めば、ライトSFといっている人もいれば、ハードSFといっている人もいます。ライトかハードか、これも普段どういったSFを読んでいるかによるので、カテゴライズが難しい部分です。ただ、ラノベでよくある、こんなのSFじゃないという評価は、ほとんどなかったように思います。
ただ、SFは間違いはないとしても、私と同じように、あえて別のジャンルととらえる人も少なからずいらっしゃいました。これらのレビューには、刺激を受けましたね。
○○っぽい
タイムループものということで、○○っぽいと書かれているものがたくさんありました。「まどか☆マギカ」「STEINS;GATE」「マブラヴ オルタネイティヴ」とかが、目立ったでしょうか。それ以外ではオタクくさく省略(褒め言葉)されているものがあって、よくわからないものもありました。
で、それらの作品のことを少し調べたら、「All You Need Is Kill」より後の作品が多いのです。内容を語るのに知っている作品名を挙げただけかもしれませんが、後から作られた作品を持ち出して、○○っぽいというは非常に失礼ではないかと。○○が「All You Need Is Kill」に影響を受けたのかもしれないのであって、「All You Need Is Kill」が○○っぽいって、なんて失礼なと思う訳です。
それらのレビューは、すべて2014年以降のもので、マンガ化と映画公開にあわせて原作を手に取った人のものです。それらの人にとって、「All You Need Is Kill」が2004年の作品ということは頭の中にないようで。自分が読んだ、もしくは知った時間が基準となっています。作品が完成した時期や成り立ちは、いっさい関係ないといわんばかり。
映画公開時における著者へのインタビューの中で、「All You Need Is Kill」を書く前に、「そういうテーマの作品を読んだり見たりしようと思ったんですが、まあ情報を集めるのが大変」と書かれていますし、スーパーダッシュ文庫の特設サイトでは、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」「恋はデジャ・ブ」「ターン」の名前が出ています。それ以外には、中高生の頃に読んだという「宇宙の戦士」「終りなき戦い」「エンダーのゲーム」らのSF作品の名前も出ていますので、○○っぽいと書くのなら、このへんをあげないと意味がないですね。
目次について
これもレビューに書かれている方が、ほんの少しだけいらっしゃいました。小説の目次にフローチャートが記載されています。フローチャートとは、プログラムを作る際の設計図のようなもの。話の流れが「章と節」で表されています。ただ、条件が書かれていないので、わかりづらいのですが、この条件をきちんと調べている人がいました。
いや、スゴい人もいるものです。
読者レビューってどうなの?
という訳で、読者レビューを読んだ感想を書きました。こういう読者レビューって、皆さんは読まれますか?
私は作品を読んだ後は、他の人がどのように感じたかを知りたいので、ほぼ毎回調べます。そこには自身にとって知らなかったことが書かれていたり、新たな捉え方を示唆されたりと楽しいものです。でも、今回の「All You Need Is Kill」に対するレビューは酷いものが多くて、ついついこんな愚痴っぽいことを書いてしまいました。
腹を立てるくらいなら、読まなければ良いのについつい読んでしまうのは、やはり本への理解を深めたいからで、他者の評価ってスゴく参考になるからです。この文章も「All You Need Is Kill」を読んで興味を持った方に、読んでもらいたいです。
作者や作品へのリスペクトは、決して忘れてはいけないことだと、改めて思ったしだいです。