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【名作単巻ラノベを読む9】うえお久光『紫色のクオリア』を読んで

さて、今回の名作単巻ラノベを読むは、うえお久光の「紫色のクオリア」です。私が独自調査した「みんなのオススメ単巻ライトノベル」でもベスト1になった作品です。

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紫色のクオリア

著者:うえお久光
イラスト:綱島志朗
文庫:電撃文庫
出版社:メディアワークス
発売日:2009/7/10

自分以外の人間が“ロボット”に見えるという紫色の瞳を持った中学生・毬井ゆかり。クラスでは天然系(?)少女としてマスコット的扱いを受けるゆかりだが、しかし彼女の周囲では、確かに奇妙な出来事が起こっている…ような?イラストは『JINKI』シリーズの綱島志朗が担当。「電撃文庫MAGAZINE増刊」で好評を博したコラボレーション小説が、書き下ろしを加え待望の文庫化!巻末には描き下ろし四コマのほか、設定資料も収録。

紫色のクオリア (電撃文庫 う 1-24)
アスキー・メディアワークス
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読んだ感想

2010年にライトノベルにハマったときにも、この作品の評判は聞いていたのですが、未読になっていました。予備知識を入れずに読んだのですが、見事あらすじや帯に良い意味でだまされてしまいました。帯には少し不思議な日常系ストーリーとあるのですが…

今回もネタバレを含め書いていきます。

電撃文庫magazine増刊に掲載された短編「毬井についてのエトセトラ」、描き下ろし中編「1/1,000,000,000のキス」、エピローグ的短編「If」の3編で構成されています。著者が3編といっているので、3章で作られたひとつの物語でなく、3編の連作短編集と捉えるべきなんでしょう。

第1話の「毬井についてのエトセトラ」は、100Pほどの短編で、文庫化にあたり「紫色のクオリア」から改題されたもの。

自分以外の人間が“ロボット”に見えるという紫色の瞳を持った中学生・毬井ゆかりと、ボーイッシュな友達・波濤マナブにまつわる少し不思議な物語です。マナブは漢字で書くと”学”で、男に使われる名前ですが、ここでは女の子の名前です。自身の名前が気に入らないので、ゆかりにはガクと呼ばせています。物語はガクの1人称でゆかりについて語られていくのですが、始まってすぐの説明的な内容が退屈で、2度ほど寝落ちしてしまいました。

なぜ寝てしまったのかというと、くどくどと語られる「ニンゲンが、ロボットに見える」というのが、どういうロボットに見えるのかわからなくて。スーパーロボットのようなものななのか、産業ロボットなのか、ASHIMO的なものなのか。ゆかり視点のイラストをひとつでも入れてくれていたらもっと素直に入れたのにと思ってました。

3度目のトライで、プラモデル作りが得意ってあたりまでたどり着いて、ここでいうロボットはガンダム的なものとわかり、それと同時に物語が動き始めたので、そこからは楽しく読めました。このロボットに見えるというのが、もちろん重要な要素で、陸上が得意な人にはローラーとバーニアを装着しているのが見えるし、天気予報が得意に人にはセンサーを装備しているのが見えるらしい。このニンゲンがロボットに見えるだけでなく、その人の能力を見抜く力が、この第1話では重要になってきます。最後にとある事件に巻き込まれたガクを、ゆかりはこの力を使うことで救い出すことになります。

こんな感じでこの不思議な力を使って、日常の事件を解決していく話と思いきや、第2話「1/1,000,000,000のキス」から大きく変わっていきます。

特殊な能力を持ったゆかりは、アメリカのとある組織に目をつけられ、アメリカ留学後に殺されてしまう。それを知ったガクはゆかりに助けてもらった時に得た能力を使って、ゆかりが殺されない世界を求めていくことになります。このあたりから話はどんどん加速し始めます。平行世界とやりとりして、時間をループしつつのトライ&エラー。何度も何度も繰り返すうちに、過去に戻り、先祖をたどり、魔法少女になったり! と暴走し始めます。最終的には肉体まで捨ててしまうのですが、たどり着いた先でゆかりから言われた言葉は……

トライ&エラーの内容はそれほど詳しく描かれませんが、逆にそれが効果的で、あっさりとすることで10億回の繰り返しという回数がより実感できるのかも。そしてここに、ガクの狂気が見えます。なぜガクがここまでゆかりにこだわるのか、とくに詳しくは述べられていません。”14歳”の女の子が持つ友達への愛情が、ひとつ転ぶと狂気をはらんでくるということでしょうか。とにかくこのループを繰り返すところが、面白くも恐ろしい。

クオリア、シュレーディンガーの猫、フェルマーの原理、平行世界、量子力学などの専門用語がバシバシ飛び出しちょっと頭がクラクラしてきますが、作中で友達から聞いた話として説明してくれるので、なんとかついていけました。この「1/1,000,000,000のキス」が、SF界隈にも受けたようで「SFが読みたい!」2010年度版国内篇ランキングでは10位にランクインしたとのことです。この作品が名作と呼ばれるのは、この「1/1,000,000,000のキス」があったからのようです。

最後の落とし所が、ラノベ的な物語への回帰、バッドエンドが待っているかもしれないけど、そうじゃない未来への希望もあるので、良い終わり方だなと思いました。

最後の短編「If」は、5Pほどのエピローグ的な内容です。もちろん、このタイトルにも意味があって、「1/1,000,000,000のキス」を受けての、これもたくさんある話のひとつであるということでしょう。

ところでタイトルのクオリアって何? ということです。エオリアなら徳永英明の歌で聞いたことある、神様の名前だったよねとか。これも神様とかキャラクターの名前かなって思いながら読んでいたら、がっつり哲学的な用語でした。

クオリアとはWikipediaによると、「心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと、とりわけそれを構成する個々の質、感覚のことをいう。日本語では感覚質(かんかくしつ)と訳される」とのこと。ちょっとわかりづらいですが、人それぞれの感じ方といったところでしょう。

レビューなどで語られているほとんどが、「1/1,000,000,000のキス」がスゴいと言うことばかりで、本全体での評価は少ないようです。敢えてこの本全体を評すると、1粒で2度美味しいといったところでしょうか。第1話のほのぼのシーンからの急展開をみせるサスペンスも面白いし、第2話のSF然とした話も楽しめます。1冊の本の中に、筒井康隆の七瀬3部作における、「七瀬ふたたび」から「エディプスの恋人」への内容的な飛躍を味わうことが出来るといったところでしょう。

ライトノベルにラブコメと異世界ファンタジーやバトルものが溢れている中で、SFへの入り口として良いのではないでしょうか。ライトノベルという言葉にSFが内包されているかもしれませんが、あえてライトノベルSFと呼びたいなと。それは「時をかける少女」をジュブナイルといわずに、ジュブナイルSFと呼ぶようにです。

それにしてもSF界隈の人のレビューが読んでいて面白いですね。皆様、難しいことを考えて読んでいるのだなぁと思いつつ、語彙力の多さに驚きです。ラノベ勢からはループものになると「まどか☆マギカ」「シュタインズゲート」があがってくるのですね。特に2011~12年くらいにレビューが多いのは、「まどか☆マギカ」から来た人なのでしょうか。それにしても、こういう小説を百合SFとして手に取る人もいたりと、レビューを読むのは面白いです。

あらすじや帯に、少し不思議な日常系ストーリー登場!と書いた人の作戦が成功しましたね。この表紙で、このあらすじで、ここまでの物語が読めるとは、みんな思わないですよね。そりゃみんな驚くはず。そして、名作へ。

紫色のクオリア (電撃文庫 う 1-24)
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