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【ラノベの源流を読む3】飛火野 耀『イース 失われた王国』を読んで

さて、今回の【ラノベの源流】はアクションRPGとして人気のあった「イース」の小説版、スニーカー文庫になる前の角川文庫青帯シリーズとして発売された作品です。

イース―失われた王国

著者:飛火野 耀
イラスト:カバー・口絵 藤原 カムイ / 本文 杉浦 守
文庫:角川文庫
出版社:角川書店
発売日:1988/3

エステリアに漂着したアドルは、美しい少女フィーナに助けられ、一命をとりとめる。悲しげなまなざしを向けるフィーナ。彼女の租父ボッシュは、アドルに救いをもとめる。この地にかつて栄えた王国イースの民は、身をもって地中深くに魔を封じ込めた。が、現在エステリアを支配する邪悪な者たちが封印を破り、魔の復活を計ろうとしている。これを阻止できるのは異国からやってくる一人の勇者だけだ…。アドルは二人の頼みをうけ出発する。消えた王国イースの謎、次々に繰り出される魔の手。若き勇者アドルの死闘をえがくファンタジー。超ベストセラーパソコンRPGのオリジナル小説化。

発売当初は角川文庫の青帯、後にスニーカー文庫になりました。

読んだ感想

「イース」と聞いて、日本ファルコムが制作したアクションRPGを思い浮かべる人はどれくらいるのでしょう。2019年に第9作「イースIX -Monstrum NOX-」がPlayStation 4向けに発売され、ゲームとしての歴史は続いているので、まだ熱心なファンはそれなりにいるのでしょうか。同時代にスタートしたRPG「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」に比べると、一般の知名度は低いはず。PC版からスタートした「イース」ですが、ファミコンやPCエンジンなどにも移植され、さらに小説・アニメ化されるなどゲームにおけるメディアミックスの先駆けとも呼ばれる作品です。

PC88版「イース Ancient Ys Vanished Omen」が発売されたのが1987年6月、その続編が88年5月に発売されています。小説が発売されたのが88年3月なので、第1作目が発売された後、それほど時間を経たずに小説化されています。「イースⅡ」発売にあわせて企画されたのか、著者が活動していない今となっては不明です。

小説はその「イース」シリーズの1作目のノベライズ作品ではなく、著者曰く「イース」「イースⅡ」にインスピレーションを得て構想されたもので、全くの別物。「イース」の熱心なファンにとっては、黒歴史とも呼ばれている作品です。amazonのレビューでは、”イース本来の「優しさと感動」の物語を期待して買うとがっかりします“なんて書かれています。

しかし、時代は2021年になって、そもそも「イース」というゲーム自体プレイしたこともない人も多いでしょうし、プレイしたのははるか昔という人も多いでしょう。実は私もゲームはプレイしていません。ゲームの呪縛から離れたところで、この小説はどうなのかということです。

なお、出版された88年というと、後の角川スニーカー文庫の看板作品「ロードス島戦記」がスタートした年でもあります。当時はTRPGやファミコン版「ドラクエ」、ゲームブックなどで、ファンタジーが盛り上がっていた頃です。私も多分に漏れずファンタジー小説にハマっていましたが、ハヤカワ文庫系にドップリでして、栗本薫「グインサーガ」やマイクル・ムアコックの「エルリックサーガ」や「エレコーゼサーガ」などのエターナル・チャンピオンシリーズ、ようは天野喜孝のイラストにつられていた方でした。80年代後半から90年代にかけて、今でいうところのライトノベルはファンタジー小説1色になったわけですが、そのきっかけとなったのは、TRPGのリプレイを元にした「ロードス島戦記」と、ゲームをノベライズした「ドラゴンクエスト」や「イース」だったのではないかと思います。

話はそれてしまいましたが、本題の「イース」の感想です。ゲームのノベライズだから、読む前は勧善懲悪の王道的なストーリーではないかと思っていました。いくらゲームと内容が違うとは言え、元々はゲームですから、主人公が謎を解いたり中ボスなどを倒し、ラスボスを倒してめでたしめでたしといったものではないかと。小説なので多少ドラマチックに演出されているでしょうが、大まかな流れはそんなものだろうと。

しかし、読んでびっくり。そんなに甘くはありませんでした。この小説を黒歴史といいたくなる人の気持ちが良くわかります。amazonのレビューなどでも書かれていますが、ファンタジー小説の形を借りた、悩みや葛藤を描く青春小説です。ゲーム的な爽快感やドラマチックな感動ものを期待すると裏切られてしまいます。

ストーリーとしては6冊の本を集め、”魔”をよみがえらた魔術師ダルク・ファクトを倒すというもの。この6冊の本を守る中ボスとの対決が、普通ならアクション満載で描かれそうなものですが、序盤は頭脳戦といったところ。剣とか魔法とかではなくて、だましたりアイテムを利用して倒します。読んでいても爽快感はありません。

そして中盤からは神経戦というか、心理攻撃です。育ててくれた祖父や行方不明となった父、そして思いを寄せるヒロインのフィーナの姿を借りて、敵は襲ってきます。それに冷静に対処する主人公のアドル。この3冊目を手に入れるための戦いのなんとハードなこと。そのわりに中ボスはあっけなくやられてしまうという。

しかも3冊目を手に入れた後は、思いを寄せるフィーナとその婚約者ケヴィンの仲睦まじい姿が忘れられず嫉妬にとらわれてしまい、挙げ句の果てに魔女の誘惑に引っかかってしまいます。ここのシーンは中学生くらいなら、若干トラウマになるかもしれません。2日間ほど愛と快楽の行為に没入してしまい、あげくに背中を刺されてしまいます。このくだりは本を集めるクエストと直接関係ありませんが、青春小説としては、とっても大事なシーンですね。大人になるとわかります。

その後も鏡の中に引き込まれ幽霊になってしまったり、だまされたりしながらもピンチを乗り越え、ラスボスであるダルク・ファクトと戦うことになります。ここでもまた爽快感のある勝利ではなく、ただアイテムに助けられたといったところ。徹底的にアンチヒロイック・ファンタジーです。

最後は”魔”と対峙するのですが、その姿が黄金のライオンにまたがった赤ん坊。仮の姿ということですが、これは何かのメタファーなのか。そして、”魔”は、自身のことを”宇宙の最も普遍的な力の一部にすぎない”と言います。その力とは”混沌と無秩序を作り出す力”だと。”この世界に意味と秩序を持ちこもうとしても、それは決して長続きはしない”とも。単純な「正義と悪」といった世界観ではなく、なんと壮大なことでしょう。昔読んだマイクルムアコックのエターナル・チャンピオンシリーズにおける「法と混沌」の世界観を思い浮かべました。

“魔”と対峙したアドルがその後どうなるのかは、ご自身で確認してください。

読み終えて、思っていたような小説ではなかったけど、これはこれで面白い作品だなと。意外とそう思えたのは、やはりそれなりに大人になったからなのか、はたまた原作であるゲームのイメージがなかったからなのか。ファンタジー小説が大ブームになる前に、すでにこのような勧善懲悪ではないファンタジー小説があったとは驚きです。読み終えた後はゲームをクリアした時のような爽快感はありませんが、18才のアドルの成長を見た気がします。

作者の飛火野耀氏については、詳細不明。「イース」がデビュー作で、その後「イースⅡ」、ノベライズ作品「エメラルドドラゴン」、オリジナル3作を残して活動をやめてしまったようです。プロフィールで「ファンタジー小説に手を染めるのは初めて」とあるので、「イース」以前には別のジャンルを書いていたか、ライターのようなことをしていたのでしょうか。

でも多分、中学生くらいの時に読んでいたら、魔女の誘惑のくだりでトラウマになってしまっていたかもしれません。実際、私は中学生の時、アニメ「聖戦士ダンバイン」からの流れで富野由悠季の小説「リーンの翼」第1巻を読んで、そのエロ描写の凄さに、その後いっさい富野由悠季の小説は手に取らなくなりました。この小説版「イース」を黒歴史という人も、同じようなものなのかもと思ってしまいました。

イラストについて

この小説版のイラストは、カバーと口絵(計3枚)をマンガ家の藤原カムイ氏が手がけています。しかし、本文のイラストは杉浦守氏。それぞれのキャラクターのギャップがスゴいと言うことで、「イース」ファンからも色々と言われています。

特に杉浦氏描くところのキャラクターが酷い言われようです。でも、この小説にはどこか海外ジュブナイルのような杉浦氏のイラストが、ハマっていると思います。藤原カムイ氏がすべてのイラストを手がけていれば、まさしくラノベですが、杉浦氏のイラストがあることによって、ただのラノベではない雰囲気を醸し出しております。


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