2016年にプチ冒険といってよい自転車日本一周を行った私ですが、あまり冒険家に興味がありません。知っている名前といえば、植村直己くらいでしょうか。大好きな作家で、アフリカやアマゾンなどの秘境に行かれた高野秀行は『幻の怪獣・ムベンベを追え』のイメージもあり、冒険家というより探検家です。
今回この本を読んだのも、河野兵市という冒険家に興味があったわけではありません。著者である埜口保男の書いた本ということで、興味を持ちました。著者の埜口保男はひらがな表記の「のぐちやすお」で、『1日100キロ超えをめざす 実践的サイクリング』や『自転車野郎養成講座』など、自転車旅のノウハウ本を何冊も出版されている方です。
私のブログでも、自転車日本一周出発前「自転車日本一周の参考書」で、『1日100キロ超えをめざす 実践的サイクリング』を紹介しました。著者自身、自転車世界一周を達成ずみで、そのノウハウは自転車旅を考える方には、非常に役立ちます。
そんな自転車旅のノウハウを伝授している著者が唯一書いたノンフィクション作品が、この『みかん畑に帰りたかった』です。
サブタイトルに、「北極点単独徒歩日本人初到達・河野兵市の冒険」とあるように、冒険家・河野兵市と世界一周自転車野郎である著書との交流を通した、冒険の数々を描いています。冒険家と世界一周自転車野郎、同じ匂いを放つ者同士の物語が展開するわけです。
河野とのニューヨークでの出会い、世界一周旅人あるある、ちょっと間抜けな旅人・千波の話をへて、ワスラカン・トクヤラフへの話に。実際に著者も河野兵市と一緒にこれらに登っているので、ワスラカン・トクヤラフ登山を描く4・5章は迫力満点です。
そして、ここで描かれるのは河野の並外れたパワー。それが、ナンガパルバット挑戦につながることに。しかし、その挑戦は失敗し、怪我を負う。帰国して結婚することになるのですが、その後も挑戦は続きます。
稚内から佐多岬まで、3000kmを48日で歩き通したり、ソ連時代のコムニズム峰やコルジェネフスカヤ峰の登山、そして、リヤカーを引きながらサハラ砂漠を徒歩で縦断と、河野の歩みは止まりません。
なお、サハラ砂漠におけるリヤカー有効性をアドバイスしたのは、著者とのことです。
その後、河野は北極に取り憑かれていくのですが、ここから著者と河野との距離が少しづつ離れていく様子が読み取れます。
大半の旅人は、自分の活動がマスコミに取り上げられるにつれて、世間の期待を過度に背負ってしまいがちだ。真面目な人間ほどこの傾向が強い。
そして踏ん張り、完了して、おめでとうとなる。
ここで終わればいいのだが、現実はちがう。必ずといっていいほど、「次は何」とくる。
その時夢物語でも話せば大変だ。下手すると、話ばかりがひとり歩きしかねない。
こうなると悲惨だ。
自分の夢と世間の希望は主客転倒、周囲の人々を失望させないために、望まぬことまで決行せざるをえない泥沼へと追い込まれてしまう。
マスコミ関係者に世界一周の次を聞かれると、火星一周と答え、煙に巻く著者。北極点到達へのスポンサーを獲得するために、奔走する河野。
純粋な意味での河野の旅は、ここで終わったといえよう。
資金確保に費やすエネルギーが、旅に費やすエネルギーを上回ってしまっては、もはや旅ではない。ただの仕事である。
アラスカ耐寒訓練、北磁極歩行到達と地道に訓練をかさね、1997年5月2日、河野は北極点に単独徒歩で到達。これは日本人初の快挙。そして2年後、北極点から地元佐田岬半島まで徒歩とカヤックのみで帰還する「リーチングホーム」を決行することに。
その壮行会で、著者と河野が握手した時、
(前略)見返したら、河野の目が何か変である。
口元は笑っているというのに、目だけがなぜか虚ろなまでに透き通っていた。
おい、どうしたんだ、河野。なんだ、その目は。ナンガパルバット行が決まったときの、燃える目はどこに行ったんだよ。
北磁極に向かったときのあの目は。サハラのことを聞こうと、しつこいまでに齧りついてきたときの目は。
お前、いったいどうしたんだ。
この「リーチングホーム」の途中で、河野は帰らぬ人となったのです。
この本は「北極点単独徒歩日本人初到達」の冒険家・河野兵市を称えるだけの本ではありません。もちろん、河野の行動力、パワフルさ、そして家族への愛情は伝わってきます。しかし、それ以上に冒険家の背負う宿命を強く感じさせてくれます。
自分を冒険へと突き動かす衝動と、周囲からの期待によるプレッシャー。「次は何」と求められ続けるわけで、冒険家としての着地点の難しさを感じました。
第9回(2002年) 小学館ノンフィクション大賞受賞のこちらの本ですが、残念なことに絶版となってます。文庫化もされておらず、2018年5月16日現在アマゾンでの価格はびっくりする価格となってます。
私は運よく、近くの図書館にあったので、この本を読むことが出来ました。大手出版社の大賞受賞作なので、図書館にあることも多いでしょう。もし興味がわいた方は、手にとってみてください。
四国愛媛県佐田岬半島の道の駅、瀬戸町農業公園には、河野兵市の功績を湛えるモニュメントがあります。それは「リーチングホーム」のゴール地点でもあります。もし、自転車日本一周をされている方は、ぜひ立ち寄ってみてください。河野兵市は自転車日本一周の大先輩です。
私はまだ未読ですが、河野兵市に関しては↓こちらの本があります。
河野兵市の妻、河野順子が河野兵市を描いた作品はこちら。
感想は、「『絆―河野兵市の終わらない旅と夢(河野順子)』を読んで【読書メモ】」に書きました。