今回は『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』を読んだ感想です。この本は「慟哭の苫前三毛別事件」と「ヒグマとの遭遇」の2部で構成される、ヒグマの恐ろしさを思い知らされる作品です。
木村盛武
著者の木村盛武氏は、元林務官。同じく森林を管理する林務官であった父や叔父から、「三毛別羆事件」のことを、幼い頃から聞かされていたという。自身が18歳の時に、北千島幌筵島(ぱらむしるとう)でヒグマ事件に遭遇。ヒグマに対する関心が深まったとのこと。
真相を伝承する記録も残されず、埋没しかけていた「三毛別羆事件」を、生存者の証言などからまとめ、1964年に旭川営林局誌『寒帯林』に「獣害史最大の惨劇苫前羆事件」を発表しました。
1980年に退官。以後は野生動物を研究し、文筆活動を行っています。
慟哭の苫前三毛別事件
「三毛別羆事件」は、大正4年(1915年)に起こった、クマの獣害としては日本史上最悪の被害を出した事件。死者7名、重傷3名。
「慟哭の苫前三毛別事件」では、奇跡的に生き残った被害者や関係者からの証言を元に、リアリティ溢れる描写で描いてます。
タケは明日にも生まれそうな臨月の身であった。
「腹破らんでくれ! 腹破らんでくれ!」「喉食って殺して! 喉食って殺して!」
タケは力の限り叫び続けたが、やがて蚊の鳴くようなうなり声になって意識を失った。
バリバリ、コリコリ・・・
あたかも猫が鼠を食うときのような、名状しがたい不気味な音がする。と同時に、耳打つフウフウという激しい息づかい、そして底力のあるうなり声。
はっきりいって、怖すぎです。
また、事件だけでなく、その後の報道や解体後の熊の毛皮や骨の行方など、色々と検証されております。これを読めば「三毛別羆事件」に関しては、すべて理解できるのではないかと。
熊を仕留めたあと、それまでの青空から、一寸先も見えない大暴風雪となります。最大風速40メートルとも50メートルとも言われるこの風を、地元の人は「熊風」と呼びました。
これが後の小説「羆風(戸川幸夫)」や「羆嵐(吉村昭)」の、タイトルになったようです。
今や、小説や漫画にもなり、映画も作られているこの事件ですが、昭和16年頃には記録もあまり残っておらず、忘れ去られようとしていました。それを後世に残るようにしたのは、著者である木村盛武氏の功績といって良いでしょう。
『シャトゥーン ヒグマの森』の作者、増田俊也氏が解説で書いているように、永劫語り継がれる大傑作ノンフィクションです。
ヒグマとの遭遇
第2部「ヒグマとの遭遇」では、著者の経験やヒグマとの遭遇事件を検証した内容が書かれています。こちらは文庫化に際して追加されたものです。
北千島幌筵島(ぱらむしるとう)での、著者の体験談。林務官時代のヒグマとの対峙したエピソード。星野道夫ヒグマ襲撃事件、大正14年の林務官殉職事件、簾舞大松寺のヒグマ事件、福岡大学ワンダーフォーゲル同好会羆襲撃事件についての検証。
これらのことからヒグマの生態を分析し、注意を促しております。万が一、ヒグマに遭遇したらどうしたら良いのか、参考になります。ただ、著者は最後にこうも書いています。
私は、いたずらに熊を恐れ、憎んだりするのではなく、熊と人間が共生できる社会であってほしいと願います。
まとめ
自転車日本一周中に苫前の郷土資料館を訪れています。

実は私、自転車日本一周時は、過度に熊を怖がっておりませんでした。熊鈴も持っていませんでしたし。それは熊に襲われているのは、山菜採りなどで森に入っていく人たちだったからです。そういうところにいかなければ、大丈夫だろうと。
ただ、今回この本を読んで、認識を改めました。簾舞大松寺のヒグマ事件では、町中で起こってます。北海道では市街地での目撃情報も、よく聞かれます。
備えあれば憂いなしです。自転車日本一周や北海道一周を考えている人は、ぜひ読むことをオススメします。オートバイや自動車なら、逃げることも可能でしょうが、自転車の場合は…
なお、三毛別羆事件を小説化した、こちらもオススメ。
戸川幸夫『羆風』は、文庫化されていないようで、全集でしか読めないようです。ただ、『釣りキチ三平』で有名な矢口高雄が漫画化したものが、出版されています。