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【名作単巻ラノベを読む2】萬屋 直人『旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。』

さて、本日も名作単巻ライトノベルの話。今回紹介するのも、断捨離を逃れて本棚に並んでいたものです。「名作単巻ラノベ」で検索すると、わりと取り上げられていることの多い作品です。

それにしても、このタイトルが良いですね。著者のブログによると、出版時に担当さんが提案してくれたとのこと。原題は「少年と少女の日記」だそうで、担当さんは良い仕事しましたね。

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

著者:萬屋直人
イラスト:方密
文庫:電撃文庫
出版社:アスキー・メディアワークス
発売日:2008/3/10

世界は穏やかに滅びつつあった。「喪失症」が蔓延し、次々と人間がいなくなっていったのだ。人々は名前を失い、色彩を失い、やがて存在自体を喪失していく…。

そんな世界を一台のスーパーカブが走っていた。乗っているのは少年と少女。他の人たちと同様に「喪失症」に罹った彼らは、学校も家も捨てて旅に出た。

目指すのは、世界の果て。辿り着くのかわからない。でも旅をやめようとは思わない。いつか互いが消えてしまう日が来たとしても、後悔したくないから。記録と記憶を失った世界で、一冊の日記帳とともに旅する少年と少女の物語。

電子書籍化されていないので、値段がとても高くなる時があるので注意を。

読んだ感想

終末感漂う世界を旅するロードノベルで、amazonのレビューや読書メーターでも、たくさんのコメントが投稿されている、ラノベ好きにはわりと知られた作品です。

投稿を見るとセカイ系やボーイ・ミーツ・ガールと書かれていることがありますが、どちらもちょっと違うと思います。そういった言葉を使いたい気持ちはわからないでもないですけどね。

セカイ系の定義を”主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと(wikipediaより)”とするならば、この作品では「この世の終わり」にはつながりませんから。

そして、ボーイ・ミーツ・ガールにしても、この作品は少年と少女の出会いの物語ではありません。出会いというか旅するきっかけは少し描かれています。少女が「楽しそうだから」と旅に誘い、少年が「うつむいて暮らすよりは、きっと楽しいと思った」とあっさり目です。少年と少女の出会いにほぼ意味はありません。

ということで、いきなり他者のレビューや感想の否定から入ったのは、この作品のタイトルや世界観から、セカイ系やボーイ・ミーツ・ガール、SF(これはあまりいないでしょうが)などを想像してしまうからです。読むとわかるのですが、そういうのを期待するとすべて裏切られてしまいます。

「喪失症」という、名前を失い、色彩を失い、やがて存在自体を喪失していく謎の病気が蔓延している世界ですが、謎を解明しようとする訳でも無く、それに抗って生き抜いていこうともしていません。それを受け入れ、自身が楽しいと思うことをしていくだけ。目的は「世界の果てまで行くこと」と答えていますが、世界に果てはありませんので、この目的を達成することはできないでしょう。旅の終わりがあるとすれば、存在が消失する、もしくは死ぬときです。

「喪失症」という病気が無くても、いずれ人は死ぬ訳ですから、この設定はその時期を早めてくれる、もしくは名前がわからなくなるなどの余命宣告をしてくれるだけです。人口の減少や都市部の荒廃は少しだけ述べられてはいますが、舞台となる北の大地ではそれほど影響はありません。ということで、「喪失症」という設定が与えてくれるのは、終末感という雰囲気だけです。この作品の感想で、世界観が好きといっているのは、この雰囲気が好きといっているもので、物語は今ひとつなのでしょう。

セカイ系やボーイ・ミーツ・ガール、SF(終末感)というラノベ好きが喜びそうな雰囲気をまといつつ、内容はというとロードノベル。旅中に出会う人々や、旅のアクシデントが描かれています。

会社を辞めて農業に打ち込む人、人力飛行機を完成させるも仲間がいなくなり腐っている人、心臓の病気で行動を起こせない人。バイクが故障する、土砂降りの雨に遭い放置された車に避難する、出会った人に野菜をもらう、泊めてもらうなど、描かれる内容は「喪失症」という設定が無くても、成り立つものです。

終末感を漂わせつつ、描かれているのは友達以上恋人未満の少年と少女の旅物語。自転車やオートバイで日本を一周するエッセイ等を読むとわかりますが、こういった旅物語にラストへ向けて盛り上がっていくドラマチックな展開はありません。世界征服をねらう魔王の存在なんかはありませんから、ちょっとした非日常の繰り返しだけです。このあたりが物語が淡々と進むだけとか、盛り上がりが無いといわれる所以です。

それならばこの物語が面白くないのかと問われれば、否です。この物語は気の合う仲間と夏の北海道をスーパーカブで旅するという、普遍的な楽しさが描かれています。共に旅するもの同士の軽口のたたき合いや、出会う人々との関わりこそが旅の醍醐味でしょう。

家族や家を捨て、オートバイと少しの旅装備で旅に出るなんて、読者である中高生にはなかなかできることではありません。この物語を読んだ中高生は、こんな旅をしてみたいと思うでしょう。多くの男子は意中の女子が後ろに座っていればなぁと妄想しつつ…

原題の「少年と少女の日記」のままであるならば、「夏の北海道縦断 旅ブログ」的な捉え方をする人も多くなるでしょう。「喪失症」の設定はおまけですから。それを「旅に出よう、滅び行く世界の果てまで。」というタイトルをつけたところに、この作品が名作と呼ばれるきっかけを与えたと思います。「喪失症」が蔓延する終末感を漂わせつつも、その本質は普遍的な旅物語。世界観に惹かれて購入した読者を満足させられる、内容のある旅物語だったということです。

今年は新型コロナウィルスの感染拡大という、ある種の終末感を漂わせる事象が発生し、これにより旅することが制限されることになりました。そんな状況であるからこそ、この作品の存在が見直されても良いのではないか。そんな風に思います。

中高生の皆さんは夏の読書感想文に、この作品を取り上げてみるのはいかがでしょうか。対処方法が確立されていない新型ウィルスの蔓延と行動制限という現実と、「喪失症」という終末感漂う世界での旅物語、うまく絡ませればきっと楽しい読書感想文が書けるはず…かな。

続きは?

物語の構造から、続刊が期待できる作りになっています。著者のブログを読むと構想はあったようですが、行き詰まって書き上げることができなかったとのことです。

https://orange.ap.teacup.com/saidai/61.html

旅の終わりがどのようになるのか、少し気になるところもありますが、このままの終わりでも充分ではないかと思っています。

なお、中国の方?がMAD動画を作られています。作品を気に入った方はどうぞ。

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