※このサイトでは、アフィリエイト広告を利用しています

90年代ライトノベルとは、何だったのか【ラノベの浸透と拡散】

最近ライトノベルのことを考えるときに、「浸透と拡散」をテーマに考えています。

この「浸透と拡散」は、作家の筒井康隆が75年にSF大会で「SFの浸透と拡散」をテーマにしたことからの連想で、ライトノベルでも同じではないか? と思い始めたのです。

「日本のSFに純度が求められはじめたのは1970年代。これを受けて、筒井康隆が神戸の日本SF大会SHINCON(75年)のテーマを「SFの浸透と拡散」に決めた。

大森望のツイートによれば、「日本のSFに純度が求められ始めた」ことを受けてのことらしいです。この「SF」に関してはよくわからないのですが、なんとなく、ライトノベルも同じなのではと考えたわけです。

ライトノベル自体が拡大し、ライトノベル的パッケージが、一般文芸や児童文庫にもあふれるようになった今、「純度の高いライトノベル」を私は求めているような気がします。

ただ、「ライトノベル」という言葉自体、定義のあやふやなものです。そこでライトノベルという言葉が発生した90年あたりの状況をあらためて考え、90年代「ライトノベル」という言葉がどのように捉えられていたのかを考えてみたくなりました。

そのことをツイートしたときに、現在ライトノベル研究の第一人者である、山中智省先生から『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』をおすすめいただきました。この本にはおそらく私が考えていたこと以上に、きっちりと調べられ、述べられているので、今さら私がどうこういう必要はないとさえ思ったのですが、自分なりに考えを深めたいと思い、今回この記事を書いております。

なお、私は研究者ではないですし、大学で学んだ人間ではないので、資料の集め方や論文の書き方はわかりません。飲み屋でそのへんの親父が自分の謎理論を語っている、くらいのつもりで読んでいただければ幸いです。

さて、まずライトノベルの定義的な話ですが、現在、ライトノベルはほぼ定義不可能となっております。ネットで言われているのは「あなたがラノベだと思うものがラノベです。 ただし、他者の同意を得られるとは限りません」ということです。ただ、こういってしまうとわけがわからないので、ある程度のアウトラインが必要です。

そこで今回参考にさせていただく『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』の、「はじめに」では次のようにあります。

ライトノベルの定義については諸説あるが、さしあたり「マンガ・アニメ風のイラストが表紙や挿絵を飾る若年層向けのエンターテインメント小説」という見方が一般的だろう。(P.7より)

あくまでもさしあたり、です。この本が出版されたのが、2010年です。現在のラノベは若年層向けと限りませんし、マンガ・アニメ風のイラストが表紙や挿絵を飾る小説は、従来からのラノベレーベル以外にもたくさんあります。これこそが「ラノベの浸透と拡散」の結果、だと考えます。

では、90年代はどうだったのか。「ライトノベル」という言葉の成り立ちは、新城カズマ『ライトノベル「超」入門』に詳しくあります。かいつまんでいうと、90年、ニフティ・サーブというパソコン通信サービスの、SF・ファンタジーフォーラムで、会議室を新たに立ち上げるときにつくられた言葉です。従来の早川や創元のSF・ファンタジー小説と分けるために「ライトノベル・ミーハークラブ」という会議室が作られた、とのことです。

ライトノベルは現在、「ジャンルではない」というのが一般的な認識でしょう。ライトノベルの中には、SFもファンタジーもラブコメも恋愛小説も純文学的なものもありますから。ただ、言葉ができた時は、あくまでもSF・ファンタジーフォーラム内での言葉だったわけです。

ここが2004年以降、「ライトノベル」という言葉が一般に普及したときに、すでに忘れ去られていたところだと思っています。私としては、「ライトノベル」という言葉が誕生したとき、「ライトノベル」はSFファンタジーのいちジャンルだったと思っています。SF・ファンタジーフォーラム内でのやり取りですので、感覚としては、ライトSF、ライトファンタジーを指していたとのではと。

それらを出版していたのが、ソノラマ文庫やコバルト文庫、新興勢力としての角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫です。それらのレーベルからでている作品を「ライトノベル」としてまとめて呼んだことにより、本来ならSFファンタジーのいちジャンルだったものが、レーベル全体を「ライトノベル」と捉えられるようになったのではないか、と思います。レーベルからでているSF・ファンタジー作品を指すのか、レーベルの作品全体を指すのか、このあたりは個人の受け取り方もあると思いますので、かなりあやふやなのではないかと。

今回、ツイートのやり取りでわかったことなんですが、「ライトノベル」という言葉を作った、神北恵太はツイッターでのやり取りで次のように述べています。

「ライトノベル」の定義の狭さについて
この記事書いた人のセンスの良さと、ラノベ感の狭さにクラクラ。 RT : いいチョイス。でもフツーにラノベばかりだと思う / “ライトノベルじゃないライトノベル32作。 - Something Orange” だって本人も「狭い意味で」って書いてるじゃないですか、と思いながらリスト見たら本当に狭かった。 RT : : /...

氷室 冴子の『ザ・チェンジ』や笹本祐一の『妖精作戦』の入らないライトノベル感って、僕から見ると狭過ぎだなぁ。

笹本祐一『妖精作戦』はわかるとして、氷室冴子の『ザ・チェンジ』をライトノベルと捉えているのは驚きでした。それと同時に、

ぼくにとっては、ソノラマこそ本体。角川・富士見はその追従者なんだけどなぁ。

とも述べています。ここから考えられることは、「ライトノベル」という言葉がつくられたとき、ソノラマ文庫の作品が中心にあった言葉だったとも考えられます。

ところで現在、KADOKAWAではライトノベルの起源を、マンガ・ラノベ図書館開館によせた角川歴彦の「ライトノベル宣言」から判断すると、「ライトノベルの起源は、イギリスの“円卓の騎士”や『指輪物語』から影響を受け、RPGリプレイから生れた『ロードス島戦記』」と考えているみたいです。

マンガ・ラノベ図書館特設ページ
アート・博物・本の複合文化ミュージアム 角川武蔵野ミュージアム

このことからわかるように、言葉がつくられたときと、現在ではその起源すら異なっているということです。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

ちなみにもうひとつ、ツイッターをまとめたもので重要な議論があります。

命名者が語る「なぜライトノベルという呼称が定着したのか」
以前のまとめ。「ライトノベル」命名の経緯についてはこちらのほうが詳しい。 ははは。業深いでーす。 ╮(╯3╰)╭ まあ、兄者がすべての元凶というつもりはない(偲姉さんとか、共犯者はいっぱいいるし)けど、「ライトノベル」という言葉が出来た当時、こんなに人口に膾炙するとは思わなかったよねえ。

「ライトノベル」という名称が付けれれた経緯的なものです。ここで重要な部分と思うのが、まず「ライトノベル」と呼ばれる作品は、もともとが下に見られていた状況があったということ。「ライトノベル」が蔑称と当時受け取る作家が多かったのは、こういうところであると思います。

「コバルト・ソノラマ系」とか「スニーカー・ファンタジア系」とか呼ぶしかなかった時代、「字マンガ」とか「アニメ文庫」とか、悪意のこもった言葉も多数、乱舞していたからな。そのジャンル(と当時は思っていた)に対し、何か統合した名前を付ける必要があったわけだ。

「字マンガ」ってのは、「小説の範疇に入らない/入れたくない」的な差別用語として使われていた。(そうでなく使っていた人がいるかも知れないが、僕自身は、悪意を込めて蔑称として使っている例しか知らない。)

もうひとつ注目したいところが、

もっとも雑駁なのは「ファンタジー」という呼び方。初期のライトノベルに「スレイヤーズ」やら「ロードス島戦記」やら、剣と魔法もののヒロイック・ファンタジーがあったのは事実だが、SF作品も、若干の推理小説もありながら全部を「ファンタジー本」とか呼ぶのは根本的におかしかった。

これは「ライトノベル」を、「ファンタジー本」とか「〇〇ファンタジー」と名付けなかったことを言っていると思うのですが、「ライトノベル」作品に含まれるジャンルの認識として、「ヒロイック・ファンタジー、SF作品、推理小説」をあげているのを注目したいと。

当時、80年代末のコバルト文庫としては、恋愛・ラブコメ小説が講談社X文庫ティーンズハートとともに、大ヒットしていた時期でもあるのですが、これらがあがっていないところに、それらの存在が見えていなかった可能性もあるのではないか、とも思います。ただ、90年代にはいると、コバルトやティーンズハートでもファンタジー作品が人気を博すようになってくるので、これもまた微妙ではあります。

「ライトノベル・ミーハークラブ」という会議室で、SF出身の新井素子や大和真也が話題にあがっても不思議ではない。ファンタジー作品を書いていた、前田珠子や若木未生も当然含まれても問題はないでしょう。問題は、花井愛子や折原みと作品を「ライトノベル」の範疇で扱っていたのかどうか。このあたりが一番の疑問であります。

ただ、このあたりは、当時としては本当に小さなコミュニティでの話です。90年にパソコンを個人でもっていて、パソコン通信が出来た人、その中でニフティ・サーブを選択し、さらにSFファンタジーを愛好していた人がどれくらいいたのでしょうか。そこで思ったのが、

「ライトノベル」という言葉が、90年代(特に前半)、どれくらい一般的に普及していたのか?

この疑問に対して、山中智省先生がご教示くだいさいました。

当時のSFやファンタジー(特にTRPG等のゲーム界隈)の周辺では認知されていた可能性があります。たとえば「ライトノベル」が活字媒体に登場した古い例で、『RPGマガジン』1992年11月号掲載の山北篤氏の記事があります。

とのことです。ここで重要なのが、やはりSFやファンタジー界隈の人、ということ。ライトノベルの言葉が誕生したのが、SF・ファンタジーフォーラムなので、これは想定内です。興味深いのは、『RPGマガジン』の山北篤氏がいうところの「ライトノベル」というものが、何を指すのか、理解できた人がどれくらいいたのでしょう。調べてみると、ゲームライターの山北篤氏は理系の人で、パソコンにも詳しいようですので、パソコン通信で「ライトノベル」を知っていた人、とも考えられます。

『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』の中で、「ライトノベル」という単語を、新聞各社の記事索引データベースおよび大宅壮一文庫雑誌記事索引データベースで検索してヒットした数をまとめています。それによると、1994年に読売新聞で1件、1999年に読売新聞1件、雑誌記事2件です。2000年以降、ポツポツと増え、2004年からいっきに増えます。このことから90年代は「ライトノベル」という言葉は一般的でなかった、と考えるべきでしょう。

1994年に読売新聞の1件はSF作家大原まり子さんの読書エッセイです。この記事は以下の、ライトノベル研究所の記事内で読むことが出来ます。

ラノベ史探訪(15)-90年代のとある記事から
現在では当たり前のように使われるライトノベルという名称ですが、その誕生は遡ること22年前、1990年頃の出来事…

大原まり子はSF作家なので、「ライトノベル」という言葉をしっていたのでしょう。これもSFファンタジー界隈のことです。例えば出版社の人や新聞・雑誌記者がこの言葉を知っていたのでしょうか。そして、最大の疑問は読者である10代の人達は知っていたのでしょうか。このあたりが疑問です。ただ、今となってはこれらはわかりません。本来ならば、そのあたりの雑誌から、読者の声的なものを拾っていくのがいいのでしょうが、現実的には私はそんな事ができません。ただ、出版社が「ライトノベル」を謳うことは、2004年の「MF文庫Jライトノベル新人賞」までは、なかったと思われます。

ちなみに今回はじめて知ったことなのですが、『ライトノベル☆めった切り!』の著者でもある大森望は、WEB日記で「ライトノベル」のことを、「NIFTY方言?」と呼んでいます。これはパソコン通信でも、他のネットを使っていた人には通用しにくい言葉であるということだったのでしょう。これが98年、99年くらいのことです。

狂乱西葛西日記98年9月8日〜9月11日
狂乱西葛西日記99年10月26日〜10月31日

10月26日の日記では、「比較的ニュートラルなのが「ティーンズノベル」「ティーンズ小説」」と書いております。

また、『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』からの孫引きとなりますが、『本の雑誌2001年2月号』の「〈特集〉ティーンズノベルを読もう!」の座談会でも、「ティーンズノベルがなんとなくいちばんニュートラルな感じ」と発言しています。また、座談会では「そもそもティーンズノベルって呼び方でいいの?」「ライトノベル、ヤングアダルト、ティーンズノベルのどれかですね」という流れもあります。

このことから、2000年くらいの出版界隈でも、まだライトノベルは一般ではなく、候補のひとつだったと感じられます。

というわけで、「ライトノベル」という言葉だけを見れば、90年代は一般的ではなかったということになると思います。

さて、「ライトノベル」という言葉を見てきましたけど、実際、当時ライトノベルと規定された文庫レーベルたちは、80~90年代どのような動きをしたのか。ライトノベルをジャンルで捉えなかった場合、レーベルの変化が「ライトノベル」の変化となった、と考えるとよいのではないかと思われます。

そのために前史的なところから。ライトノベルを「少年向け娯楽小説」と定義すると、昭和初期まで遡ることになります。ということで、さすがにこういう説を取る人は少ないと思います。まれに「南総里見八犬伝」なんかをあげる人もいらっしゃいますが、さすがにそれはバカバカしいと思います。

90年に「ライトノベル」という言葉が誕生したということは、それまでのものと、どこか違ったからなわけで、その当時、古く感じたものと新しく感じたもの、を考える必要があります。

「ライトノベル」という言葉の誕生が、ニフティ・サーブのSFファンタジー・フォーラムなので、SFファンタジーでの問題です。おそらく、これは69年生の私の肌感覚ですが、60~70年代の、ジュブナイルSFと呼ばれた作品が古い作品で、75年以降のソノラマ文庫作品が新しく感じられたんだと思います。ようは若年層向けのSFが、団塊の世代向けと団塊ジュニア向けで、違ってきたというものだと思います。

その新しさとは、ひとつにはジュブナイルSFと違い、読者とほぼ変わらない世代の作家が書いていたこと、もうひとつはパッケージ的な部分、です。

私が当時のライトノベルを規定するなら、若年層に向けた、同時代感覚を持った作家が描くSFファンタジーで、マンガ・アニメ風のイラストが表紙や挿絵を飾る文庫レーベルの作品です。例外としてミステリーやアクション作品を含むが、恋愛ラブコメ小説は除く、といったところでしょうか。

もう少し踏み込むならば、小説を書く作家だけでなく、キャラクターデザイン及びイラストを書く画家(イラストレーター)の影響が大きい作品、とも。このパッケージ的な部分が70年代末期から80年代にかけて、大きく変化してきたわけで、その完成形として角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫があったように思います。

80年代はソノラマ文庫、コバルト文庫(集英社文庫コバルトシリーズ)がありましたが、この文庫も内容的に、いろいろと変化しています。ソノラマ文庫はSF→アニメノベライズ→バイオレンス→ライトSFと、扱うジャンルが変化したといっていいでしょうか。もちろん全てグラデーション的に重なり合いつつ、時には変異しつつです。

コバルト文庫は少女小説→SF→アニメノベライズ・ライトミステリ→恋愛・ラブコメ→ファンタジー、といった感じです。

で、80年代末に角川スニーカー文庫と富士見ファンタジア文庫が登場。これらはファンタジーがメイン。ということで、90年代始めの頃にファンタジー大ブームで、ジャンル的に収束するわけです。

で、90年にできた「ライトノベル」が指すのは、それらの文庫レーベルのSFファンタジー作品。ただ、このときにジャンルを規定していないのは、SFファンタジー・フォーラムだから、扱うのはSFファンタジー作品とするのが当然だったからではないでしょうか。神北恵太のツイートには「ライトノベル」がその時はジャンルと考えていた、との言葉もあるので、SFファンタジーの中のいちジャンルが、本当のところだったのではと考えます。ただ、受け取り方は人それぞれなので、このあたりはよくわかりませんが。

しかし、このジャンルを規定しなかったことが、逆に大きな意味をもったのかもしれません。それは「ライトノベル」と呼ばれた文庫レーベルの内容が、変わっていったからです。

以前、このブログ内の「ライトノベルにおける、不思議要素のない学園ラブコメを探る」でも触れたのですが、角川スニーカー文庫では97年に「角川学園小説大賞」を始めていますし、電撃文庫は90年代なかばから、ファンタジー以外の作品を積極的に模索しています。

ようは90年代なかば、ファンタジーブームにかげりが見えて、次の一手を探し始めているわけです。そして98年、ブギーポップの大ヒットもあって、ライトノベルはファンタジー以外の作品、特に学園を舞台にしたものが増えていきます。そこからギャルゲー要素や萌文化が加わっていくことになるわけです。

ここらあたりが「ライトノベル」という言葉の曲がり角でしょうか。「ライトノベル」が特定のレーベルからでている、SFファンタジーと規定しなかったから、レーベル側が内容を変えたときに、「ライトノベル」が指すジャンルも拡大してしまったのではないかと。

さらに98年というのが、パソコン界隈でも大きな変化のあった年でした。window98の発売です。ウェブブラウザのInternet Explorer 4.0がOSに統合され、インターネットへのアクセスが容易になり、いっきにネット人口が増えてくることになります。また「ライトノベル」という言葉が普及するきっかけといわれているが、2ちゃんねるの存在です。

当時は便所の落書きなどと揶揄された2ちゃんねるですが、若者へは爆発的に普及したと思います。ここでライトノベルを扱う「ライトノベル板」がつくられたことが、大きかったと。ちなみにwikipediaによると、

2000年1月24日 – ライトノベル・雑誌・エンターティメント板として開設。
2000年2月15日 – SF・ファンタジー板開設(事実上の分離)。板名がライトノベル板となる。

とのことです。ここで「ライトノベル」の舞台が、ニフティ・サーブから2ちゃんねるに変わり、SF・ファンタジー板とも別れることになったわけです。これが大きかったのでは、と考えます。

そして、2002年1月のことですが、「ティーンズノベル・フェスティバル」が「ライトノベル・フェスティバル」に名称変更。

Light Novel Festival :LNR

 「ティーンズノベル」というのは、私達がこのイベントを企画したとき、すでに先行して浸透していた「ライトノベル」「ヤングアダルト小説」等の呼び方を避けて、ニュートラルな言葉として考え出した、新しい呼び方でした。
しかし、第ゼロ回のあとにお会いした、多くの編集者の方から、「すでに、業界では、『ライトノベル』という言葉が定着している。新しいジャンルという訳でもないし、ここで新しく『ティーンズノベル』という耳慣れない言葉の定着をはかるより、『ライトノベル』で行く方が良いのではないか」というアドバイスをいただきました。
このため、私たちは、いままで使っていた新語「ティーンズノベル」を使うことをやめ、よりポピュラーな言葉である「ライトノベル」を用いることに決めました。

LightNovel Readers 2002.1.8 Vol.1より

2002年1月の段階で、多くの編集者の方から、「すでに、業界では、『ライトノベル』という言葉が定着している」とアドバイスされたとのことです。このあたりは

「ライトノベル」という呼称
「ライトノベル」という語ができた経緯とか、それに対する反発とかの歴史。若い人は多分知らないと思うので、まとめてみました。「ライトノベル」という名称誕生にまつわる秘話をNHK歴史番組っぽく - To..

を参考にさせていただきました。このまとめの最後あたり、「おまけの年表」によると、1998年から2001年あたりまでの、「ライトノベル」の混乱がわかりますね。

上記をまとめた、ありさとさんは、こう述べています。

ニフティサーブのSFファンタジーフォーラム内で使われていた「ライトノベル」はSF・ファンタジー限定、インターネットで使われるようになってから、それ以外のジャンル(ミステリーや少女小説)も含むようになったというのが私の認識です。

私もこれがしっくり来ます。「ライトノベル」は90年に言葉が誕生した時は、「SF・ファンタジー」のいちジャンルであったが、90年代後半、レーベル側がジャンルを広げたことと、パソコン通信からインターネットへと言葉を扱う側も変化したことで、「ライトノベル」は拡大していったと考えてよいのではないでしょうか。

まとめ

ということで、うだうだと書いてきましたが、まとめることにします。

90年に言葉が誕生した当初、「ライトノベル」は、ソノラマ文庫、コバルト文庫(集英社文庫コバルトシリーズ)、角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫など、若年層向けレーベルから出版されていた、SF・ファンタジー作品であった。

言葉の誕生が、ニフティサーブのSFファンタジーフォーラムであり、おそらく当時としては限られた界隈の人しか知られておらず、編集者や新聞雑誌記者にも、一般的には使われていなかった。

90年代後半になって、「ライトノベル」という言葉が、広まり始めるようだが、このあたりのキッカケはよくわからず。98年に「野尻掲示板その他でライトノベル問題が盛り上がっている」と大森望の日記にあり、このあたりでそれなりに広がりを見せているようではある。ひょっとするとインターネットの普及によって、パソコン通信の時代より、議論が活発になった可能性も考えられる。

また、90年後半、特に98年のブギーポップの大ヒットにより、異世界ファンタジー中心のライトノベルが変わり始めたとき、「ライトノベル」の意味するところも、SF・ファンタジー作品から拡大していったと考えられる。

さらに00年には、2ちゃんねるにライトノベル板ができ、さらに多くの人に認知されるようになるとともに、それまで含まれていなかったジャンルも含まれるようになっていったと。

というわけで、90年代、ライトノベルは何だったのか? の答えとしては、ソノラマ文庫などから出版されていた、若年層向け、SF・ファンタジー小説だった。ただし、90年代後半から、その意味するところが拡大していったと思われるということであろう。

タイトルとURLをコピーしました