さて、今回も一迅社文庫作品を読んだ感想です。なぜこの作品が一迅社文庫から出版されたのかと疑問に思ってしまう、ど直球の青春野球小説『彼女が捕手になった理由』です。
明日崎 幸(あすざき ゆき)
詳細不明の小説家。カバーそでの著者紹介によると、
中学のリトルシニアも高校野球もプロ野球も満遍なく好む野球ファンの小説家。
今作はリトルシニアのような雰囲気ですがフィクションなので色々嘘をついています。
ですので、登場人物の名前に他意はありません。なにか思い浮かんだとしても、気にしないでください。野球の熱さ、伝わってくれると嬉しいです。
とあります。
自身で小説家を名乗っているのに、この作品以外、検索しても書籍はでてきません。というわけで、すでに小説を発表している作家の別名かもしれません。
彼女が捕手になった理由
著者:明日崎 幸
イラスト:さくらねこ
文庫:一迅社文庫
出版社:一迅社
発売日:2015/09
左利きのショート―本摩敬一が所属する中学野球チーム『白倉柏シニア』。
剛速球でノーコンのピッチャー。守備範囲は広いけど弱肩のセンター。強打だけどリードの下手なキャッチャー。
ちぐはぐで万年二回戦どまりのチームに突然入部してきたのは、名門チームのキャッチャーで―しかも女の子の、梶原沙月だった。
「全国目指さないで、どうするの?」
監督権をまかせられた彼女は、容赦なく守備位置をコンバート。キャッチャーをファーストへ、ピッチャーをセンターへ、そして敬一はなぜかピッチャーに!?
衝突と反発を招きながらも、沙月の采配と情熱がチームに奇跡を起こす―超爽快・青春野球小説!
読んだ感想
面白かった。ライトノベルでは数少ない野球モノ。しかも、魔球も秘打もハーレムもない、いたって真面目な青春野球小説です。児童文学の分野で大ヒットした、あさのあつこ『バッテリー』にも引けを取らない面白さといえば、言いすぎかな。『バッテリー』は続いていくうちにちょっとだれてしまったので、1巻でまとまっている分、こちらのほうが凝縮した面白さがあるかもしれません。
どうしてこの作品が一迅社文庫から出版されることになったのか、不思議としか言いようがありません。編集と作家にすでに繋がりがあって、作家が趣味的に書いたものが出版にいたったと睨んでおります。
そんな話はさておき、この作品で舞台となるのがリトルシニア、中学生の硬式野球です。私も詳しいことは知らないのですが、中学校の部活は軟式野球、高校野球(もちろん硬式)を目指し、リトルリーグを卒業した野球少年は中学校では部活に所属せずに、こちらを選ぶ人も多いようです。ややマニアックな舞台設定でありますが、物語の鍵となるのが女子選手なので、中学校の部活では男子の中に女子が入るのは、難しいということでしょう(作中でそのあたりは述べられています)。また、男女の体力差がどうしても出てしまう高校野球では、さらに非現実的で難しいはずです。高校野球が舞台だと、このあたりに説得力をもたせるのがかなり難しいでしょうね。
物語は名門チームを去った選手が、弱小チームを立て直すという、王道的なストーリー。リトルシニアの強豪チーム・黒岡早良シニアでレギュラーになれなかった梶原沙月は、追い出されるような形でチームを去り、地方大会2・3回戦止まりの弱小チーム・白倉柏シニアに移籍することになります。個々の能力はあるものの、その実力が発揮されていなかった白倉柏シニアで、沙月はポジションをコンバートするなど、監督から全権委任された上で改革を行なっていきます。
沙月の強硬な態度に反発するメンバーもいる中、勝利を手にすることで、お互いを理解しあえるようになっていきます。白倉柏シニアのメンバーで描かれるのは、沙月以外では、左利きのショート・本摩敬一、剛速球だけどノーコンのピッチャー・司城、守備範囲は広いけど弱肩のセンター・山本、強打だけどリードの下手なキャッチャー・阿瀬の5人のみ。それら以外のメンバーはポジション名もしくは打順で述べられるだけと、バッサリと省略されています。レギュラー+ベンチメンバーを考えると10人を越えてくるので、ここは思い切って省略したのだなと感心します。それだけにこの5人の関係性を、主に試合を通じてしっかりと描いています。ちなみに中学生の物語ですが、中学校生活はほぼ描かれていません。住んでいる地域は近いようで、多分中学校も同じなのでしょうが、チームでの練習・試合・試合後のやり取りが中心で、私生活にはあまり触れられず。このあたりも思い切りがいいですね。
物語のクライマックスとなるのが、沙月が以前所属していた強豪チーム・黒岡早良シニアとの対戦。このチームのキャプテンで司令塔のキャッチャー・新田が、頭が切れるうえに他者の感情すらもコントロールして、自身のチームを勝利に導こうとする嫌なやつ。沙月との過去の因縁を含めて、この対戦ではお互いの駆け引きがじっくり丁寧に描かれます。スポーツとしての野球は見ていても、選手や監督の意図は想像するしかありませんが、物語では選手が語ってくれるので、このあたりが小説の醍醐味と言ってよいのかもしれません。この対戦の展開が、とにかくアツい! 戦いの行方はどうぞ読んで下さい。
そして物語は最後、ピュアな恋愛ものを感じさせつつ、爽やかに終わります。ホントに最後まで一迅社文庫らしくないです。
さて、読み終えて非常に面白いと感じたのですが、この作品には欠点があります。まず、野球そのものを知らないと理解しにくいということ。これは野球小説全般のことですが、絵で見せるマンガやアニメと違い文章から想像する小説では、やはりわかりにくいでしょう。逆に野球が詳しい人が読むと、ツッコミどころがたくさんあるようです。私はそれほど野球に詳しくないので、それほど変に思わなかったのですが、実際に野球をされていた方が読むと疑問に思うこともあるようです。というわけで、この作品を楽しめるのは、ライトな野球ファンくらいではないかということです。プロ野球や甲子園大会はテレビで見るけど、実際に野球はしない、くらいの私のような人なら、楽しめると思います。
最後に私なりの考察や疑問など。まずはレビューなどでよく語られている、左利きのショート・本摩敬一の投げていた球がナックルボールだったという件。ファーストへの送球時にナックルボールだったなら、ファーストが取りにくいじゃないかという疑問です。これは私の勝手な想像ですが、沙月が来る以前の白倉柏シニアは守備が下手だったとあり、この原因の一つとして、敬一の球が非常に取りづらかったのため、エラーが多かったのではないかと。こういうふうに考えることができるのではと思います。
もうひとつは私の一番の疑問です。最後の黒岡早良シニアとの戦いの中で、監督がその存在感を見せつけます。ここだけ読むとよく出来た監督に思えるのですが、それなら最初っから個々の能力を見抜いて、チームを強く出来なかったのかと。どう考えても沙月がおこなったコンバートくらいは、監督が考えてないとおかしいんじゃない? こんなこと書くと、物語にはならないといわれるかもしれないけど、監督がコンバートに踏み切れなかった理由を匂わせてほしかったかな。深読みすれば、沙月を黒岡早良シニアからひっぱってきたのは監督で、足りなかったキャッチャーというピースを埋めるためと考えることもできるのですが。
若干疑問を感じる点はありましたが、それは本当に些細な事で、物語を通じて少年・少女たちの野球に対する情熱を楽しむことが出来ました。これはおすすめです。
最後に一迅社文庫らしくない作品ではありますが、校正のお粗末さは相変わらずです。特にわからないのが、P.134の「これで本摩くんは数えで完封」の部分です。数えで完封って何なんでしょう。最初は「抑えで完封」の誤植かなと思ったのですが、この試合本摩は先発で完封だし、どういうこと?