さて、今回は電撃コラボレーションの『終わらない夏を終わらせる五つの方法』を読んだ感想です。
こちらの作品はもともと雑誌の付録です。紙版を手に入れるのは古書店やヤフオク・メルカリなどを利用する必要があります。なお、残念なことに、電子書籍化はされていません。
電撃コラボレーション
もともとは雑誌『電撃hp』『電撃文庫MAGAZINE』誌上にて行われた企画で、「電撃作家陣が同じテーマ&同じシチュレーションのもと、コラボレーション作品を描く」がメインコンセプトです。wikipediaによると、かなりの企画が開催されているようです。
その中で電撃文庫創刊15周年記念企画として、2008年に『まい・いまじね~しょん』『MW号の悲劇』『最後の鐘が鳴るとき』の3企画が文庫化されました。その後『電撃文庫MAGAZINE』では「まるごと1冊“電撃文庫”」として、5冊アンソロジー企画がそのまま付録になっています。
終わらない夏を終わらせる五つの方法
「終わらない夏」を過ごす少年少女の物語を、新進気鋭の電撃文庫作家たちが紡ぐ。
主人公たちが胸に秘める「やり残した 想い」とは? 枯れないひまわりを咲かせる、 美しき夏の魔術師の真意は――。ひとつのコンセプトをもとに描かれる、五つの異なるストーリー。作家たちが拡げるイマジネーションの世界を、心ゆくまで堪能せよ!!
電撃文庫MAGAZINE2013年9月号の「まるごと1冊“電撃文庫”」付録。電子書籍化はされていません。
収録作品
プロローグ
エキストライニング / 蝉川タカマル
ガール・アンド・マーダー / 兎月山羊
たんたんたぬこ / 茜屋まつり
非行計画 / サイトーマサト
アトラスの夢 / 宇野朴人
エピローグ
読んだ感想
今回のお題は「終わらない夏」を過ごす少年少女の物語で、主人公たちがやり残したことを取り戻す話です。キーとなる人物として表紙に描かれている夏の魔術師が登場します。
エキストライニング / 蝉川タカマル
トップバッターは野球モノ。主人公がキヨで、幼なじみのライバルがクワ、一瞬KKコンビか! とザワっとしましたが、内容はあだち充の『H2』的なものでした。
同じ小中校出身のキヨとクワ、違う高校に進み県予選で戦うことに。1年ながら4番を打つキヨ、1年ながらエースのクワ。キヨの打った球がクワの肩を直撃してしまう。投げれなくなったクワに責任を感じるキヨは……
野球をやめてしまったキヨを、もう一度野球に向かわせる話。わりとストレートな青春物語になっていて楽しめます。野球好きにとって、ライトノベルでこういうのは少ないので嬉しい限りです。
蝉川タカマル(せみかわ たかまる) 2011年『青春ラリアット!!』でデビュー。デビュー作以外にメディアワークス文庫の『不良少年と彼女の関係』など。
ガール・アンド・マーダー / 兎月山羊
異色作。殺し屋と殺し屋に弟子入した少女の物語。「終わらない夏」という設定と、余命1年ほどといわれた少女の設定が、若干噛み合っていないように感じもしましたが、サスペンスフルな話の展開で、読み応えがありました。
読み終えた後すぐはモヤッとした感じが残りましたが、全体を読み終えたあとはこういう話がひとつあったのが、逆に良かったのかなと思いました。
兎月 山羊(うづき やぎ) 2011年『アンチリテラルの数秘術師』でデビュー。デビュー作以外に『ザ・ブレイカー』など。
たんたんたぬこ / 茜屋まつり
陸上競技の400mの選手だった主人公は、レース中の転倒で膝を怪我してしまう。怪我自体は治ったものの精神的な面から走れなくなってしまい、祖父の住む地に転校してくることになる。ある日、「たぬ~」と鳴くたぬきを助けた主人公は……
コメディタッチの物語ですが、過去のトラウマを乗り越える真っ当な物語でした。たぬこみたいなキャラクターはいかにもライトノベル的なのですが、それがしっかりと活きていて普通の青春小説にはない楽しみ方ができるのが良いと思います。
茜屋 まつり(あかねや まつり) 2013年『アリス・リローデッド ハロー、ミスター・マグナム』でデビュー。デビュー作以外に『滅葬のエルフリーデ』など。
非行計画 / サイトーマサト
中学生を主人公とした、ひと夏の家出物語。前の3作と大きく違うのが夏の魔術師の存在。前3作ではどちらかというと裏方的、謎の存在といった印象が強かったのですが、この作品ではわりとフレンドリーです。そういう意味でいうと、ここに来て設定にブレを感じてしまいました。
物語自体はわりと素直で好印象というか、不良になりきれない主人公の可愛らしさを感じました。ライトノベルというよりジュブナイルといった印象でしょうか。
サイトーマサト 2010年『彼女はつっこまれるのが好き!』でデビュー。
アトラスの夢 / 宇野朴人
1年前、80mの高さがあるダイダラ岩をクライミングし落ちた先輩。主人公をロッククライミングの世界に引き込んだ先輩はなぜ落ちたのか? 自殺だったという噂もある中で、その答えを知るべく主人公自身もダイダラ岩登頂を目指す。他の作品よりボリュームのある、ロッククライミングを扱った物語です。
クライミング能力の高かった先輩に対し、能力の劣る主人公は何度もトライ&エラーを繰り返し登頂を目指します。それに協力するのが夏の魔術師。登頂できるのか? 先輩の死の真相は判明するのか? ロッククライミングの描写が丁寧で、分からない専門用語もあるのですが、それを感じさせないくらい迫力満点の物語でした。
宇野 朴人(うの ぼくと) 2010年『神と奴隷の誕生構文』でデビュー。代表作に『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』、『このライトノベルがすごい! 2020』で文庫部門1位・新作1位を獲得しアニメ化も決定している『七つの魔剣が支配する』(略称「ななつま」)。
まとめ
実は申し訳ないことに、この作品に参加されている作家の作品をひとつも読んだことがありませんし、名前すら聞いたことがない作家ばかりでした。プロフィールを調べていて、トリをかざる宇野朴人さんが2020年の「このライトノベルがすごい」で1位になった『七つの魔剣が支配する』の作者だったことを知ったくらいです。
知らない作家ばかりなので、読む前はどんな感じの話を書く人たちだろうと未知のものを探る感じで読んだのですが、しっかりと楽しむことができました。変なギャグに走ったりせず、時代遅れのジェンダー観や露骨な性的表現もなく、真摯な物語を読ませてくれたと思います。
野球、陸上、ロッククライミングとスポーツを題材にした物が多いのも特徴でしょうか。ライトノベルでは意外とスポーツ物が少ないので、これは珍しいと言えるかもしれません。乗り越えるべきものとして、恋愛的なものよりもスポーツのほうが題材として向いているのでしょう。そういう意味でいうと、少女の復讐物語や少年の家出を題材にした物語を間に配置したのは、編集の勝利です。1冊通じて楽しめる構成になっていると思います。
「なぜ夏が終わらないのか」という疑問に切り込む作品がなかったのは残念ですし、夏の魔術師の存在も作品ごとに設定にややブレがあるように感じました。ただ、これらは作品をまとめるための方便と考えて、それぞれの物語自体を楽しめばよいのでしょう。
このアンソロジーのテーマである「終わらない夏」というのは、ただの設定だけで、「やり残した想い」や「過去のトラウマ」を乗り越えることをテーマにした、良いアンソロジーでした。
残念なことに電子書籍化されていません。権利関係的に難しいのか、需要がないと判断されているのかわかりませんが、残念です。